大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(く)63号 決定

少年 A(昭和二六・二・一〇生)

主文

原決定を取り消す。

本件を静岡家庭裁判所沼津支部に差し戻す。

理由

本件抗告理由の要旨は、

少年Aの保護者Bは原決定の言渡のあつた翌日の昭和三二年六月七日静岡少年鑑別所において右少年に面会したところ、右少年は従来の態度を全く変え、自己の過去の非行を悔い、反省改悛の情極めて顕著なものが認められたのである。思うに少年Aを今日のような事態に陥らしめたのは、その不幸な生立と、少年の心理を十分に認識理解し得なかつた保護者等にその理由の大半があつたのである。保護者Bは原裁判所の審判において右少年を家庭の保護に付するよりも寧ろ隔離された施設の保護監督を希望する旨陳述したが、それは決して保護者等が少年に対し愛情を失つた無関心な態度からではないのであつて、ひたすら右少年の更生を願う一心からそれがその時採り得る最善の方法と考えたからである。

右少年が原決定の言渡を受けた後如何に改悛したかは同年六月七日附の保護者に対する書面によつても明らかである。保護者等は少年のこの反省と改悛の態度から、この際少年を家度に引取り、家族、親類、近隣共々、責任をもつて監護指導に当るのが、最も妥当な方法であると考えるので、家庭における保護の機会を与えられることを望むものである。よつて本件抗告に及ぶというにある。

本件記録添附の少年Aに対する窃盗保護事件記録及び少年調査記録によると、少年Aは○○○第三中学校第三学年頃から素行不良となり、登校停止処分を受けたり、無断上京したりしたことがあり、昭和三一年三月同校卒業後は兄Bの進学の勧めに応じないで同年四月上京し酒店に店員として住込み、約一ヶ月で帰宅し家業の酒類雑貨販売業の手伝をなし、その後昭和三二年三月○○市△△屋酒店に店員として住込み、同年四月主家の家人と折合わず、そこを罷め、再び婦宅し家業の手伝をしていたもので、その間兄Bに対しては厳格であると称して反感を抱き、母、兄嫁、甥に対しては自己の意に添わぬときは暴力を振うことがあつたが、同年五月八日兄Bの代理として○○○市本町の酒類販売棄者の組合事務所で開かれた会合に出席し、中途で退出してから映画を見て帰途、同年初頃から知合つたCと出会い、同人と飲酒した末翌九日富士駅発午前零時五七分の大阪行東海道線下り普通列車第一二九列車に同人と乗車し、同日午前二時頃同人と共謀の上同列車最後部車輛内車掌室附近において乗客の名古屋市○区×町△丁目△△番地E所有の淡グレイ色長ズボン一本、茶色革製洗面セツト一式、及び土産品の乾葡萄一箱、わかさぎ一箱見積価格合計約一、八〇〇円相当のものを窃取したものであるが、もともと右少年の資質は、身体には幼時膿胸の手術をした既往症がある外発育、体格、健康いずれも良く、知能指数は九六で精神障害はなく、性格は神経質性格で意識過剰に陥り易く欲求不満を起し易いが性格的偏奇はないのであつて、家庭環境は、兄Bが酒類雑貨販売業を営み生活は安定しており、家族関係も概して円満であるが、少年Aが粗暴な行動に出ることがあるので緊張を余儀なくされていたものであり、右少年の非行はその強い欲求不満の状態から逃避しようとして起した衝動的行動で非行性はそれ程深化しているものではなく、今後家庭において保護者等が右少年の欲求不満を起し易いことを理解し深い愛情をもつて適切な指導をするならば更生も可能とあると認められるのである。そして右窃盗保護事件記録及び当裁判所の事実取調におけるB及び抗告人Dの審問の結果によれば、昭和三二年六月六日行なわれた原裁判所の審判期日において、少年Aは、今まで人の意見を聞かうとせず悪かつたと思う、過去の罪を許され今日Bに引取つてもらい、家に連れ帰つていただきたいと思う、今後は真面目に働きたいと考えていると陳述したが、Bは保護者として少年Aは中学校在学中から悪友と交わり、次第に不良化し、相当世話をして来たが効果はなく同年五月浅間神社の祭礼の日に母Dや、妻を殴つたりし、これまで家出も再三でその都度近隣や親戚の人が仲に入つて治まつたもので、Cが家に来たときも一見して悪友の様であつたので注意した、これまで更生させたいと努力して来たが、あれこれ考えた末この際他に方法は無いと思うので今日少年Aを引取ることはできない、施設に収容していただく外はないと思うと陳述したのであつたが、同少年を中等少年院に送致する旨の原決定の言渡後Bが静岡少年鑑別所において同少年に面会した際同少年は従前の態度を全く改め、反省悔悟の情を示し今後必ず更生することを誓い、更にその後その趣旨の書面をBに送つて来たので、B及び母である抗告人等は親戚とも協議した上、同少年を再びB家に引き取り保護者等が協力して同少年を指導して更生させることに定めているものであり、原裁判所のなした原決定の執行停止決定後同少年はB家に帰宅したが、その行状は全く従前と変り家族に対する粗暴な振舞はなく、改悛の情顕著なものがあり、家業の手伝に励み、Cとの交際も絶つており、保護者も同少年の今後の指導監護に十分意を用いていることを認めることができるのである。叙上認定の事実から考えると、少年Aを中等少年院に送致する旨の原決定の処分は著しく不当であるといわねばならないから、これが取消を求める本件抗告は理由があるものとしなければならない。

よつて少年法第三三条により原決定を取り消し、本件を静岡家庭裁判所沼津支部に差し戻すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 加納駿平 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

別紙一

(法定代理人母の抗告理由)

抗告の趣意

少年Aの保護者Bは少年院送致決定のあつた翌日の六月七日、静岡少年鑑別所において少年に面会したところ、従来の態度と打つて変つて自己の過去の非行を悔い、反省、改悛の情、極めて顕著なものが認められたのであります。思うに、少年をして今日のような事態に陥入らせたのは、その不幸な生立と、少年の心理を十分に認識、理解し得なかつた、保護者らにその理由の大半があつたのであります。保護者Bは家庭裁判所沼津支部の審判において、少年を家庭の保護に付するよりも、むしろ隔離された施設の保護、監督を希望する旨述べましたが、それは決して保護者らが少年に対し愛情を失つた、無関心な態度からではないのであつて、ひたすらに少年の更生を願う一心から、それが現在採り得る最善の方法と考えたからであります。

少年が少年院送致の決定言渡をうけ、如何に改悛したかは、六月七日付の保護者に対する書面によつても明らかであります。保護者らは少年のこの反省と改悛の態度から、この際少年を家庭に引取り家族、親類、近隣共々責任を以て監護、指導に当るのが最も妥当な方法だと考えます。今一度家庭における保護の機会を御与え下さる様御願いします。(昭和三二年六月一二日)

別紙二

(原審の保護処分決定)

主文および理由

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

罪となるべき事実

少年はCと共謀の上

昭和三二年五月九日午前二時頃東海道線下り普通列車大阪行第一二九列車最後部車輛内車掌室附近に於て乗客の名古屋市○区×町△丁目△△E所有の淡グレイ色長ズボン壱本、茶色革製洗面セツト壱式、及び土産品の乾ブドウ壱箱、若サギ壱箱、見積総額約一、八〇〇円相当を窃取したものである。

上記の所為は刑法第二三五条第六〇条に該当する。

少年の資質、生活史、家庭環境等については少年調査票、学校照会回答書及び鑑別結果通知書に記載のとおりであるが、少年に対し、適当な社会資源も見出せないので、この際施設に収容し、矯正教育により、前記諸欠陥を治療し、併せて環境の調整を計り、社会へ復帰せしめるのが適当の方法であると認め、少年法第二四条第一項第三号、少年院法第二条第三項を適用して主文のとおり決定する。(昭和三二年六月六日 静岡家庭裁判所沼津支部 裁判官 山之口健)

別紙三

(原審の保護処分執行停止決定)

主文

当裁判所がした少年を中等少年院に送致するとの決定の執行を抗告の裁判があるまで停止する。

(昭和三二年六月二一日 静岡家庭裁判所沼津支部 裁判官 山之口健)

別紙四

(差戻し後の原審の保護処分決定)

主文および理由

主文

少年を静岡保護観察所の保護観察処分に付する。

理由

少年はCと共謀の上昭和三二年五月九日午前二時頃東海道線下り大阪行第一二九号列車最後部車掌室附近においてE所有の淡グレイ色長ズボン一本、茶色革製洗面セツト一式及び土産品一箱、若サギ一箱価額金一八〇〇円位のものを窃取したものである。

上記は刑法第二三五条第六〇条に該当する。

然るところ調査の結果によると少年は右所為後一回非行があつたので将来不安もあるがその後落つき就職し一応仕事に励んでおり、職場及び家庭の適当な監督指導により更生せしめることの可能性が認められる。そこで少年を職場及び家庭において保護観察所の指導のもとに更生させることを相当と認め少年法第二四条第一項第一号により主文のとおり決定する。(昭和三二年一一月二九日 静岡家庭裁判所沼津支部 裁判官 姉川捨巳)

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